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くず人間の更生記録(にしていきたい)。人間初心者の個人的見解

why?

「なんで?」

その質問は本当に鬱陶しい。想像してみよう。「先生これどうしてこうなるの?」となんでも質問してくる生徒がいたとしたら、面倒だ。なんででも!!と言い返したくなる。でもそこにはすごく面白いことがきっと詰まっている。そういう思考回路は勉強や学校生活を通して一番学ぶべきことだと思うから。僕は「NHK プロフェッショナル-仕事の流儀-」が大好きな番組でよく観る。そこでいつも思うのは「自分の信念を妥協しない」こと。そしてその信念への至り方はやはり"why?"だと思うのだ。

一方で「なぜ」は特異な能力ではない。一時騒がれていた(そして今や下火になりつつある)ロジカルシンキングとか本当にバカバカしい。そんな大層な名目を付けて取り扱うものではなくて、意見を持とうとすれば必ず疑問に思うでしょというだけの話。どれだけ突き詰められるか、どれだけ妥協しないかは確かに難しいことだとは思うけれど。言いたいことはwhyは難しい概念ではなく、自然に湧いてくる考えだと思う。

しかし「ロジカルシンキング」とご立派な名前を付けてあげないと世間で扱われない程度には「なぜ」は普及している考えではない。そこに僕はおかしいと言いたいのだ。僕はたまたま結城浩さんの「数学ガール」シリーズに出会い、考える楽しさを知ることができた。高校時代にどうしても解き方がわからなくて、「なんでこんな解法思いつくんだよ」といらいらして、そこから「なぜ」の追及が始まった。でももっと素直な気持ちでなぜを考える場を提供すれば、多様な意見が生まれるし失敗を恐れない風潮も少しづつ出てくると思うのだ。答えがないことを考えること。そこに至るのが少数しかいないのはおかしい。

さてその考える場はやはり教育だろう。教育の場で"why"を核にした授業・プログラムはかなり少ないと思う。それがスタンダードになるべきだと僕は考えるけれど、なかなかそういう動きは見当たらない。だって個人の匙加減でどうとも取れるし、何をもってwhyが生まれるのかが明らかではないから。しかも一対多で考えるのは本当に難しい。だけど僕はこの考えをそんな簡単には諦めたくない。何が積極的に思考に至らせるのか。これを考えていきたいなと思う。