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Design My Life

くず人間の更生記録(にしていきたい)。人間初心者の個人的見解

死にたいと思うこと

[これから書くことは完全に僕の個人的見解だ。自死で亡くなった方やその家族の方には失礼だったり、配慮が足りないことも含むかもしれない。もし気分を害された方がいるとしたら、心から謝罪する。]

 

死にてえ

そう思うことはちょこちょこある。仕方がない。自分は迷惑をかけるし、自分のつまらない見栄のために嘘もつく。いろいろがんじがらめになってふと思う。「死にたいなあ」。全部自分のせいだし、甘ちゃんだとは思うけど。本当に死のうとはたぶん思っていない。実際に死が目の前に来たらおそらくじたばたする。車が近くを通れば怖いと感じるし、電車に飛び込みたいななんて思わないから。電車がホームを通過するときに、これにぶつかれば死ぬのね、くらいは感じるけれど。死にてえ、はふと思いつくだけである。

そんなときGoogleで「死にたい」で検索すると急に「このサイトにたどり着いてくれてありがとう」と慰めや同情を言ってくる。本当にどうしようもなくて死にたい、生きていてもどうしようもない、という人のことを100%理解することは僕にはできない。そういう追い詰められた人には、あの慰めは心の支えになるのかもしれない。だけど僕は慰められてもあまり心は動かない。僕は自分のしょうもない行いをカバーすることができなくて、その傷跡を見るたびにふと死にたいなと思うだけだから。どちらかというと大声で笑ってほしい。そして大した事ねえよ、お前真面目に考えすぎだろ、と背中をたたいてほしいのだ。

先日亡くなった電通の方のように本当に追い詰められている人の気持ちを理解することはできないし、そういう人と自分を同列に扱うのは違うと思う。実際に亡くなった方は本当に迷いに迷って、でも死ぬことしか見出せなくて、つらい思いを一人で抱え込んで、あの世に逝っていくのかもしれない。でも自殺を悩む人の多くは僕のように構ってほしかったり、誰にも悩みを言えなくて、勝手に追い詰められて思い付きで死ぬんだろうなと思う。僕には自殺するほど嫌なことはないけど、車が自分のもとに突っ込んできてくれないかな、とかはすごく思うから。その程度の人はおそらく勝手につらいモードに入って、自分の中で「つらい・死にたい」を発酵させているのがほとんどだと思う。

どうしたらそのループから逃れられるのか。頼れば話を聞いてくれる人は身近にいるけれど、つまらないプライドや恥ずかしさから相談できない、なんて人はある程度いるんじゃないだろうか。そういう人達同士で傷をなめ合うビジネスはもしかしたら成立するかもしれない。僕ならそんな人同士で酒を飲んでみたいなと思うから。他人のしょうもない理由を笑って、自分のしょうもなさを笑ってもらって、明日もまあ生きてみるか、なんて言いながら帰るのはきっと楽しい。

だけどもっと楽しいだろうなと思うのは一度人生をリセットすることだと思う。死にたいなと思うまでの反省点を改善して、もう一度やり直すこと。「いっそ小さく死ねばいい」のだ。別に自分のプライドに負けてもいいじゃない。他人の嫌がらせに負けてもいいじゃん。そもそもそんな気にするかどうかで存在が変わるようなものを意識して死ぬのは本当にバカバカしい。いっそ海外に飛んで第2の人生を送ればいいと思う。全てのつながりを断ち切って、新たにやり直す。そういうのもアリだと思ったりするんだよね。

どうしてみんな律儀に死んでいくのか。それはみんな本当に真面目で、人に迷惑をかけたくなくて、心配をかけるのが申し訳なくて、そして海外逃亡なんて多くの人はしないことをするのは怖いから。死ぬなと引き止めるのは彼ら・彼女らにとって拷問だから、新しい人生のやり直し方を提供しないと自殺は止められない。「やり直しは逃げ」だとしても、死んでしまえばそこには何もない。生き地獄から逃げる先としてあの世ではなく、もう一つの世界が欲しい。僕自身人生のやり直し方を提供してもらいたいし、逆に提供してみたいなとも思う。